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大阪維新橋下徹市長 キャンキャン誹謗中傷するだけ 展望示めせず 吠えるだけ スジの通った強説得力の香山リカの論趣に答えられない弱さの証明
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香山リカの「ほどほど論」のススメ
テレビの前で議論しても残る
橋下市政への違和感
果たして、公開討論はどれだけ有効か
府知事時代からの一連の言動や周囲の熱狂ぶりに対して私が批判的に論評している大阪市長・橋下氏は、ツイッターで「田原総一郎さん!! 内田氏、山口氏、浜氏、中島氏、その他、僕のことを大嫌いな大学教授と直接討論させて下さい!!」とジャーナリストの田原総一郎氏に呼びかけていました。おそらくそれは、田原氏が司会を務める番組で、ということなのでしょう。
しかし、テレビカメラの前で限られた時間、討論をしても、多くの場合、ディベート技術や極端に言えば声の大きさだけを競い合うような形になりがちです。私は「なぜテレビで?」と違和感を覚えたことは、前回のコラムでお話した通りです。
ちょうどそんな折に、テレビ朝日『朝まで生テレビ』から橋下市政をテーマに出演の依頼が来ました。もちろん、市長自身も出演されるとのことです。
私は、今述べた通り、そのような議論の場を好ましいと思っていなかったので、相当ためらいました。でも、「ためらうよりも、一度、直接、話してみよう」と思い、出演することにしました。
「朝生」は、1月27日(金)に放送されましたので、ここでは番組内で議論された内容について、詳しく書くことはありません。
番組のなかで、私なりの意見はおおよそ発言できたのではないかと思っております。また、疑問に思っていたことも、実際に橋下市長に質問もぶつけさせていただきました。それでもまだ、わからないことが多々あります。
そもそもの疑問は、「大阪を変える」「日本のシステムを改革する」と訴える橋下市長が、変えた後にどういう社会を創りたいのかがどうしても見えないことです。番組の中でも橋下氏は、「不連続のチャレンジ」「グレート・リセット」という言葉を再三使われていました。
「今でなくていつやるのか」「待ったなしの改革」と、しきりに変化の緊急性を訴えられます。変化は当然リスクを伴うことです。しかし、それを質問すると、「じゃ、このままでいいのですか」とおっしゃって、変化させないことのリスクのほうが大きいことを訴えていました。
変化を訴える前に、目指すべき社会像を語るべき
もちろん、「このままの社会でいい」とは、今日本にいるほとんどの人が思っていないでしょう。私もです。とはいえ、既存のシステムを壊した後に、どのような社会ができ上がるのか、市民としては気になるのは当然のことではないでしょうか。
「では、現状のままでいいのですか」と言われ、「いや、そうは思わない」と答えると、「じゃ、代案を示してくださいよ」とさらに言われます。しかし、精神科医である私にそんなことができるはずもないし、その権利もありません。
私は、「改革はすべてダメ」と言いたいわけではなく、「改革の先の社会の基本的な軸を示してほしい」と言っているのです。それは、公務員が何人減るとか、塾に行くクーポンが何枚配られるとか、そういうことではありません。「とにかく競争力ありき、実力者だけが生き残れる社会」なのか、「みんなで痛みを分け合ってでも誰もが安心して暮らせる社会」なのか、そういったことです。
なぜ、そんなことをしつこく聞くのか。それは、橋下氏が弁護士時代、テレビ番組で何度かはっきりと、「自分は改憲論者で核武装論者」と語っていたのを記憶しているからです。そのような発言をする方をリーダーと仰ぎ、そこで行われるグレート・リセットの先には、たとえば「核武装する日本」が待っているのか、とつい想像してしまったとしても、「それはおかしいですよ」と言われる理由はないと思います。
しかし、その点については、橋下氏は「あれはあくまで個人としての見解で」とはっきり答えてはくれませんでした。
「昔はそう思っていたけれど、実際に権力の座についた今は変わった」というなら、はっきりそう言ってほしい。もちろん、「そうです。維新の会から国政に大勢の議員を送り込んだら、そのときこそ憲法改正、核保有です」というなら、それもはっきりさせてほしい。
橋下氏の唱える各論には、私も賛成する部分がいくつかあります。とくにエネルギー問題では、関西電力に、発電部門と送電部門を分ける「発送電分離」を果敢に要求するなど、脱原発依存を打ち出している。ただ、せっかく脱原発なのに、脱核兵器ではないとしたら、その姿勢には疑問を感じずにいられません。
理想主義への失望から、橋下氏への期待が生まれた
どういう社会を目指すのか。そこにあるのは、競争なのか、それとも平等ややさしさなのか。そんなことを語ると、いまや侮蔑的な意味となった「理想主義者」というレッテル貼りをされるかもしれません。しかし「どういう社会にしたいのか」というイメージなくしては、改革もチャレンジもないのではないでしょうか。
もちろん、こうなった背景には、戦後のリベラル派といわれた人たちが、「自由、平和」などとそれこそ理想主義的なことを言いながら、結局、社会や教育をよくできなかったじゃないか、という大きな失望があるのだと思います。「もうきれいごとなんて信用できない」という思いです。鳩山元首相が「友愛」を掲げて熱狂のうちに迎えられ、すぐにその座を降りたことで、「きれいごとへの嫌気」はさらに強まってしまいました。
そんな下地の中で登場し、理想を掲げるよりも、現実論で変化を訴えているのが橋下氏です。目に見えやすい実際の問題を指摘し、敵を明確にしては、一つひとつ壊していく。その実行力が、何をやっても変わらない世の中に失望していた人に受け入れられたのだと思います。
しかし、それでも橋下氏は、今や田原総一郎氏に「日本を変えるキーパーソン」とまで言われるほどの存在です。だとしたら、やはり「どういう社会を創るための改革か」を示す義務があるのではないでしょうか。
議論すべきは、大きな問いから
ハーバード大学の教授であり『これからの「正義」の話をしよう』の著者マイケル・サンデル教授は、先日、日経新聞に掲載されたインタビューでこう語っていました。
「具体的に税や年金の制度をどうするのかという技術的な問いではなく、まず大きな問いから議論を始めるべきだ。どうすればより良い社会を構築できるのか、正義や公正さが守られるためにはどうすればいいのかということだ。そうした原点からスタートすれば、(負担のあり方などについて)皆が納得しやすい仕組みをつくることが可能になるのではないか。」(日本経済新聞、2012年1月23日)
サンデル氏が目指すコミュニタリアニズムには全面的に賛成ではない私ですが、「まず大きな問いから」という姿勢には全面的に同意します。
橋下市長が府知事時代に作成した「教育基本条例案」にも、何度か「より良い教育」という文言が出てきますが、何をもって「より良い教育」と言っているのかが、いまひとつイメージできません。それと同様、ぜひ目指すべき「より良い社会」とは何か、ということを明確に打ち出してもらいたい。そして、まずそれに市民、有権者、また“バカ学者”と言われた私のような評論家が賛同できるかどうかを議論することで、橋下市長が行おうとしている改革が有益なのかそうでないのかが、見えてくるのではないでしょうか。
大風呂敷を広げても意味はない、と言われるかもしれませんが、もし「次」という議論の機会があるのなら、「まず大きな問いから」でいかがですか、と申し上げたいです。
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